ランディ・バース現役時代の成績や背番号や応援歌!引退理由は?

   

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何といっても1985年の阪神優勝を日本一に導いた立役者の一人であるランディ・バース!

歴代の野球界での助っ人外国人選手の中でも一番!言えるのではないでしょうか!

 

そこで今回は日本プロ野球界で有名な外国人助っ人選手「ランディ・バース」について調べてみましょう!

ランディ・バースってどんな選手?
阪神タイガース時代の成績は?
ランディ・バースの背番号
ランディ・バースの応援歌
引退の理由とは?
ランディ・バースの現在は?

それでは一緒にみていきましょう!

 

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ランディ・バースってどんな選手?

■プロフィール

まずは、ランディ・バースのプロフィールから見ていきましょう!

国 籍 :  アメリカ合衆国
出身地 : オクラホマ州ロートン
生年月日: 1954年3月13日(64歳)
身 長 : 184 cm
体 重 : 95 kg
投球・打席:右投左打
ポジション:一塁手

 

阪神タイガースに入団前はどこのチーム?

阪神タイガースに入団前のランディ・バースはどこのチームに在籍していたのでしょうか?

・1977年 - ミネソタ・ツインズ
・1978年 - カンザスシティ・ロイヤルズ
・1979年 - モントリオール・エクスポズ
・1980 ~1982年 - サンディエゴ・パドレス
・1982年 - テキサス・レンジャーズ
・1983~1988 - 年阪神タイガース

メジャーリーグ時代は、
ミネソタ・ツインズ、カンザスシティ・ロイヤルズ、モントリオール・エクスポズ、サンディエゴ・パドレス、テキサス・レンジャーズをで活躍されていました。

 

阪神タイガース時代の成績は?

ランディ・バースは、1983に阪神タイガースに入団し、日本プロ野球界で有名な外国人助っ人選手となった「ランディ・バース」の試合成績を見ていきましょう!

タイガースのランディ・バースは、2年連続で打撃三冠王に輝いた強打者に輝いています!

【タイトル -NPB-】
1985年・1986年 首位打者 : 2回
1985年・1986年 本塁打王 : 2回
1985年・1986年 打点王 : 2回
1985年・1986年 最高出塁率:2回
1985年 最多勝利打点 : 1回
1985年・1986年 最多安打(当時連盟表彰なし):2回

 

【表彰 -NPB-】
1985年 - MVP:1回
1985年~1987年 - ベストナイン:3回
1985年 - 日本シリーズMVP:1回
1985年4月・1986年6月 - 月間MVP:2回
1985年 - 日本プロスポーツ大賞:1回

 

ランディ・バースの有名なシーン

バックスクリーン3連発!

ファンの中でも有名な名シーン!

1985年4月17日、甲子園球場で読売ジャイアンツと阪神タイガースの試合での出来事です。

阪神タイガースの当時のクリーンアップは、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の順番。

この試合の7回裏の攻撃、読売ジャイアンツのピッチャーは槙原寛己。

槙原寛己投手から放ったバックスクリーン3連発!

 

ランディ・バースは、当時のこのシーンを振り返り、

「槙原は150kmを超すストレートを投げる生きのいいピッチャーだった。しかも前の打席ではシュートを打ってゲッツーに倒れていたから、あの打席ではムリに引っ張らずにセンター方向に打ち返すことを意識していたよ。打ったのは球速が134km(実際は144km)くらいだったから真っ直ぐではない、おそらくシュートだと思う。自分の中では感触は悪くなかったけど、完璧ではなかった。だから打った瞬間はフェンスにダイレクトに当たるか、ひょっとしたらスタンドに入るかなと思った。そうしたら打球は思った以上に伸びていったわけだ」と、

そして「2人のホームランは完璧だったからね。あの年の打線の話をするなら、クリーンアップとともに1番の真弓の存在も大きかったと思う。彼が1番でいきなりホームランをよく打ったからね。先頭打者ホーマーを何本も打っていた(シーズン6本)。それで私の後には掛布と岡田がいたんだから、相手投手は厄介だったと思うよ」と語っています。

 

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ランディ・バースの背番号

ランディ・バース背番号を見ていきましょう。

1977年 - 2 番
1978年 - 7番
1979年 - 41番
1980年 ~ 1982年 - 5番
1982年 - 35番
1983年 ~ 1988年 - 44番

1983年と1988年のランディ・バースの背番号は、

永久欠番の44となっています。

 

 

ランディ・バースの応援歌

 

引退の理由とは?

ランディ・バースの引退時期や理由について見ていきましょう。

ランディ・バースの長男は当時水頭症を患っていました。

当時水頭症を患ったランディ・バース長男への対応で球団と対立。
1988年、シーズン途中にランディ・バースは解雇されてしまいます。

ランディ・バースが解雇されたシーズンの彼の成績は3割を超える打率でしたが、1988年、シーズン途中にランディ・バースは解雇されてしまいます。

当時球団との契約の中で「家族の疾病の際には球団が医療費を負担する」となっており、ランディ・バースの長男への多額な医療費を負担することを恐れたようです。。

 

 

ランディ・バースの現在は?

ランディ・バースは現在何をしているのでしょうか?

政治家、アメリカ上院議員
ランディ・バースは解任後は、故郷のオクラホマ州で牧場経営をされていたようです。

2001年にロートン市議に当選
2004年には、オクラホマ州院議員選挙にて上院議員に初当選
2017年で上院議員生活13年目に突入しています。

 

 

まとめ

元阪神タイガースのランディ・バースについて一緒に見てきましたがご参考になりましたでしょうか?

槙原寛己投手から放ったバックスクリーン3連発!は、今でも伝説として語られています。

大活躍のランディ・バースでしたが、残念ながら長男さんの病気が理由で球団と対立し解雇されてしまいました。

1983年と1988年のランディ・バースの背番号は、44番!そしてその44番は永久欠番となっています。

そして現在は、政治家として活躍されているようです。

それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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